自己啓発◆ヨガ(瞑想)で自己啓発
自己啓発◆ヨガ(瞑想)で自己啓発
ヨガと瞑想
ヨガというと、柔軟体操のものすごいやつ、をイメージする人が多いと思います。
もともとヨガとは、インドでは瞑想のことを指します。
ヨガというと、ヨガの達人(?)のものすごい格好にセンセーショナルな印象がありますが、あのものすごい格好も、実は自分自身の心と体を観察するために必要なものなのです。
あるいは、
- ヨガ=エクササイズの一種。
- 瞑想=宗教的儀式の一種。
人間の内面、精神性にアプローチする行為を宗教的というならば、宗教的ということもできるのかもしれませんが、今世界で起きている戦争が、宗教を発端としていることを見れば、宗教的と言われることには抵抗を覚えずにはいられません。
ヨガも瞑想も、豊かに生きる智慧を私たちに与えてくれる、とても素晴らしい自己成長のための具体的な手法だと、私は考えています。
心豊かに生きることを望む全ての人に、私はおすすめしています。
私のヴィパッサナー瞑想体験
2004年夏。
アテネオリンピックの真っ只中。
私は、京都の山奥で10日間のヴィパッサナー瞑想のコースを受けていました。
10日間の瞑想を終えて、帰ってくると、日本柔道はメダルラッシュでした。
自己啓発で瞑想?
瞑想がなぜ、自己啓発・自己成長につながるのか、よくわからないという方も多いでしょうから、ヴィパッサナー瞑想がなぜよいのか、私が体験して感じた範囲で述べたいと思います。
あくまでも私見ですので、実際に何を感じるかはご自身で受けて体験してみてください。
ヴィパッサナー瞑想は、お釈迦様が解脱するときに用いた瞑想方法だといわれています。
その方法は、外界とのつながりを取り除き、ただひたすらに自分自身を観察するというものです。
ヴィパッサナー瞑想はただただ自分自身を観察します。
外界や他人は関係なく、ただ自分自身を観察します。
ヴィパッサナーとは?
ヴィパッサナー瞑想は、インドにおけるもっとも古い瞑想法の一つです。
長く人々から忘れられていましたが、約二千五百年前にゴータマ・ブッダによって再発見されました。
つまり、お釈迦さまが、2500年前に再発見して、解脱するときに使ったということのようです。
「 ヴィパッサナー」とは、物事をあるがままにみることを意味します。
自分をみつめめて、自分のあるがままをみる。
このことが自己浄化につながるのです。
具体的には、どんなことするのかというと、10日間指導者の指導の下、瞑想三昧です。
時間割はこんな感じです。
ヴィパッサナー瞑想コース10日間の時間割
- 午前4時
- 起床
- 午前4時30分〜6時30分
- ホールまたは自分の部屋で瞑想
- 午前6時30分〜8時
- 朝食
- 午前8時〜9時
- グループ瞑想
- 午前9時〜11時
- ホールまたは自分の部屋で瞑想
- 午前11時〜12時
- 昼食
- 正午〜午後1時
- 休憩
- 午後1時〜午後2時30分
- ホールまたは自分の部屋で瞑想
- 午後2時30分〜3時30分
- グループ瞑想
- 午後3時30分〜5時
- ホールまたは自分の部屋で瞑想
- 午後5時〜6時
- ティータイム
- 午後6時〜7時
- グループ瞑想
- 午後7時〜8時30分
- 講話
- 午後8時30分〜9時
- グループ瞑想
- 午後9時〜9時30分
- ホールにて質疑応答
- 午後9時30分
- 就寝
これを10日間繰り返します。
ヴィパッサナーは、すべての苦悩のもとになる三つの要因、すなわち欲望・嫌悪・無知を根本から取り除きます。
修行を続けることにより、快、不快に心を乱して無意識に反応反発するという悪癖と、それが心につくり出した縛りめをとき、日常生活でのストレスや緊張をなくします。
自己観察による自己浄化によって、それが達成されるのですが、それはたやすいことではありません。
そのために、規律が必要です。
それは、規律のための規律ではなく、修行をより効果的にするために必要な要素なのです。
ヴィパッサナー瞑想法の基礎は、シーラ(道徳律)です。
シーラは、サマーディ(精神集中)の発達、そして心の浄化によって至るパンニャー ( 智恵と洞察)への礎となります。
瞑想のコース中は、次の五戒を厳格に守らなければなりません。
- 生き物を殺さない。
- 盗みを働かない。
- 性行為を行わない。
- 嘘や悪い言葉を使わない。
- 酒・麻薬の類を摂らない。
- 正午以降食物を摂らない。
- 踊りや歌などの娯楽を避け、装身具などで身を飾らない。
- ぜいたくな高い寝台で眠らない。
以前にコースを取った人は次の三戒も守ります。
結構、大変です。
そして、コース中は、以下のことを守らなければなりません。
聖なる沈黙
コースの開始から、九日目(あるいは十日目)の午前十時までは、聖なる沈黙を守らなければなりません。
聖なる沈黙とは、身体・言語・精神の沈黙を指します。
身体によるジェスチャー、書くこと、合図などのいかなるコミュニケーションも禁じられています。
瞑想はただ独りで行うのだという実感を持つことが大切だからです。
男女の分離
男性と女性は完全に分けられます。
コースのあいだは、男女は接する機会がありません。
身体の接触
同性、異性を問わず、コース中は身体の接触を避けます。
宗教的なもの
お守り、数珠、お札などは、コース地に持ち込むことはできません。
うっかり持参した場合には、コース期間中は預けることになります。
アルコール飲料、麻薬
アルコール飲料や麻薬、麻酔薬の類も持ち込み不可です。
精神安定剤、睡眠薬等、あらゆる種類の鎮静剤も含まれます。
喫煙
コース地での喫煙は禁止です。
食事
簡単な菜食料理が、ボランティアの方によって、用意されます。
衣服
透けてみえる服、あらわな服はNG。
(タンクトップ、ショートパンツ、スパッツ等を含む)
日光浴や半裸になることも同様です。
外部との接触
電話、手紙、訪問者も同様にコース終了までは受けることができません。
携帯電話は、スイッチを切り、コース終了まで預けておきます。
音楽、読書、筆記
楽器の演奏やラジオ等の使用は禁止
書物や文献、筆記用具などの持ち込みも禁止です。
メモを取ることは修行の妨げとなります。
この制限は、瞑想法の厳格なまでに実践的な性格を強調するものです。
これらを聞いて、どれが一番大変そうですか?
タバコを吸われる方は、タバコでしょうね。
私はタバコは吸わないので、10日間の聖なる沈黙が一番大変でした。
実際にコースに参加して、最初の2〜3日は、なんというところに来てしまったのだろうと思いました。
しかし、3日目あたりから、何か変わってきました。
何がどう変わったのか、うまく説明できませんが、とにかく少しわかってきました。
自分を観察するという意識と感覚が、自分の中にできたのかな〜?
ひとつだけ確かなことは、10日間も黙っているなんてことは、ヴィパッサナーに来なければ生涯なかっただろう、ということです。
それだけでも貴重な体験です。
ヴィパッサナー瞑想の感想
自分のことは自分が一番よくわかっている。
私もそう思っていましたし、みなさんもそう思っているのではないでしょうか。 ヴィパッサナー瞑想をするようになって、実は自分のことを知ることが一番難しいのかもしれない、と思うようになりました。
人間は、五感を通して様々な情報をキャッチします。
そして人間の五感は、全て自分の外に向っています。
自分の顔を直接見たことのある人はいません。
自分の声も、直接は聞くことはできません。
テープレコーダーの自分の声を聞いて、違和感を感じたことがみなさんあるでしょう。
人間の五感は、自分を観察するためにはできていないのです。
つまり、人間は、自分以外の何かの情報をキャッチする時間と比べると、自分自身を観察する時間は極めて少ない、ほとんどない、といえます。
自分のことをどれくらいわかっているのかは、ともかく、これまで自分自身を知るためにほとんど時間を費やしていなかったことはわかりました。
アインシュタインはこう言っています。
「私たちはみんな問題の解き方はわかっている。解かなければならない問題がわからないのだ」
今、世の中には多くの自己啓発・能力開発のセミナーやワークショップがあります。
そこでは問題の解き方を教えてくれます。
しかしそれが、あなたの人生で本当に解かなければならない問題なのかどうか、教えてくれるセミナーやワークショップはありません。
自分の人生で解かなければならない問題・命題は、自分自身でみつけるしかないのです。
一朝一夕にできることではありませんが、自分自身の全てを、自分の意識下に置き、コントロールできるようになること。
それは、見果てぬ理想かもしれませんが、これからも私の人生修行は続きます。
みなさまも、一度ヴィパッサナー瞑想を試してみてはいかがですか?
自分の外側の世界に振り回されて生きるか、自分を見つめて、まわりに振り回されずに生きるか、決めるのはあなた自身です。